ユーザラス成功ストーリー

新規事業の立ち上げからEXITまでの成功ストーリー 株式会社 ユーザラス

システム開発のミスマッチ課題が起点

ユーザラスの事業コンセプトの検討は2009年9月に始まりました。高い成長が期待されるIT業界をターゲットに、ユーザー起点でIT開発・運用の発注担当者にヒアリングを重ねたところ、「いいシステム会社が見つからない」「機会損失が多い、新規顧客を獲得できない」といったユーザーとシステム会社の間でミスマッチが多発しているという課題が明らかになってきました。これに応えられる「開発したいシステムの要件に合わせて最適なシステム会社を見つける仕組み」として打ち立てた仮説が、「IT領域のオンラインカタログサイト」でした。

  • システム開発のミスマッチ課題が起点

また、すでにパッケージソフト、ASP業務などの製品情報を提供する既存サービスはありましがた、「受託開発ソフトウェア」の分野は高い成長率が予想されているにも係わらず、そのカテゴリーでは発注者が必要とする情報がきちんと掲載されているサイトはなかったのです。そうして、優良なシステム開発会社の特長や、実績、技術者情報を核としたWebサービスのコンセプトができあがりました。この時は、「SIナビ」という名称のプロジェクトでのスタートでした。

ビジネスモデルの設計とフィージビリティ・スタディ

歯科訪問診療のサポートを行う株式会社メディパスが設立

双方のマッチング確率を高めるため、ユーザー側の要望を形式化することと、システム会社側の会社・製品のカタログ化に努め、マネタイズにおいては成功報酬をベースとしたビジネスモデルの設計を行いました。また、スタート時点の対象領域をEC・アプリ分野に絞り込んで、2010年9月に「発注ナビ」サービスを開始しました。エムアウトのスタートアップ・ファクトリーにおけるフィージビリティ・スタディ(FS)という、顧客ニーズとビジネスモデルのリアル検証のステップです。

このビジネスモデルの核となるコンセプトとして、ユーザーが知りたいことに答え、安心して発注できるために、開発案件の事例をクライアントの実社名で公開することを求めましたが、フィージビリティ・スタディを行うと、実際には実名で事例を公開することができない会社があったり、また、会社の特長を紹介するコンテンツの制作を開発会社自身だけでやり切ることが困難であったりといった課題も出てきたのです。それにもかかわらず、「ウェブから問い合わせてくるお客様の受注率が高い」「コンペに呼ばれたい」という強いニーズの存在が確認され、コンセプトに賛同が集まるようになり、サイトへの掲載希望が次第に積み上がっていくようになりました。

ビジネスモデルの確立から成長の加速へ

  • アイティメディア株式会社 平成28年3月期

    アイティメディア株式会社 平成28年3月期
    第2四半期決算資料より

  • ユーザラスのメンバー (2015年10月)

    ユーザラスのメンバー (2015年10月)

こうして、2011年9月に株式会社ユーザラスとして設立し、事業会社化を果たしました。その後、実績を積み上げることで成功報酬モデルから、広告モデルへの転換も果たし、システム開発会社の把握と開発案件のデータベース化を進め、2015年8月末には累積掲載企業は 600 社に達しました。

ビジネスモデルが確立し、アーリーステージから拡大期に入ったユーザラスの成長を加速させるために、エムアウトでは高い成長シナジーが期待される事業会社を対象に株式の譲渡を検討してきました。その中で、ソフトバンクグループで、「ITmedia」「TechTargetジャパン」「@I T」をはじめ、数多くの著名なネットメディアを運営する国内最大級のインターネット専業メディアであるアイティメディア株式会社が候補にあがり、同社とであればユーザラスの事業との親和性・シナジーの可能性が高く、さらなる事業成長ができると判断し、株式譲渡の合意に至りました。

アイティメディアの各メディアからのユーザー流入や、営業・ブランディング強化といった成長シナジーにより、Exit後1ヶ月で受注が早くもその前の1.5倍となるなど、その効果は顕著でユーザラスのさらなる成長が期待されます。
(※ 株式会社ユーザラスは、2016年1月1日より、発注ナビ株式会社へと社名変更の予定です)

ユーザラス年表

開発期
2009年9月

コンセプト検討開始

2010年4月『SIナビ』コンセプト承認
FS期 (フィージビリティ・スタディ)
2010年9月ベンダーズプロジェクト発足し
201年月「発注ナビサービス」開始(EC分野、アプリ開発分野)
ビジネスモデル確立期
2011年9月事業会社化・株式会社ユーザラス設立
2012年12月 広告モデルへの転換
2015年2月単月黒字化
事業成長期
2015年10月アイティメディア株式会社へ事業譲渡

医療法人社団コンパス東京東理事長 三幣利克氏

メディパスのビジネスコンセプトの原型となるアイディアを応募したのは、当時、勤務医だった三幣氏。その後、コンパスデンタルクリニックの開業、メディパスの創業からともに手を携え支えあっています。現在は、120名以上の歯科医師・歯科衛生士が参加する医療法人コンパス東京東の代表として、要介護高齢者に対する最適な医療サービスを追求し続けています。

エムアウトのビジネスプランコンテストに応募したきっかけは?

ビジネスプランコンテストの授賞式

ビジネスプランコンテストの授賞式

埼玉県内の歯科医院に勤務しながら、在宅療養中で通院困難な高齢者の在宅医療にも携わっていました。低栄養やそれに関わる摂食・嚥下障害は、高齢者にとって切実な問題なのですが、歯科医院に通院できない要介護高齢者は多く存在しています。一方で、多くの歯科療機関は外来診療が中心で、要介護高齢者がいる在宅医療の場に訪問することにハードルを感じており、また医療現場ではなく、生活の場における医療提供ということに不慣れな歯科医療機関も多く存在しているのです。そのような状況のなか、通院困難な在宅療養者の視点に立ち、歯科医療機関を構築する必要性を強く感じていましたし、訪問診療に対するハードルや壁といった「不便」を誰かが引き取ることで、在宅医療を担う歯科医療機関も増えて、高齢者の窒息事故や誤嚥性肺炎を減らすことができると考えたのです。

また、当時、個人的な状況としても、社会人向けの大学院に通い、将来の開業独立に向けて経営の勉強をしていました。大学入学以来、医療サービスの提供側の学びを続けていました。勤務医として在宅医療に触れるなかで、医療サービス提供側だけでは越えられない壁を感じ、医療サービス受給側の学びを求めて大学院に入学しました。そして、医療サービスの供給側、受給側の両輪の学びから得たビジネスプランが経営のプロの目からどのように評価されるか、腕試しをしてみたかったという思いもありました。

思い出(?)のホテルメトロポリタン池袋

思い出(?)の
ホテルメトロポリタン池袋

エムアウトで発足した新規事業プロジェクトには、どのような形で参画していたのでしょうか?

しばらくは勤務医を続けていたので、エムアウトのプロジェクトメンバーとの打ち合わせは夜に行っていました。週に1回、夜の20時から23時までみっちり3時間、池袋のシティホテルのラウンジで定例ミーティングです。半年近く続けたでしょうか。ラウンジのメニューはすべて制覇しました。
エムアウトが掲げる顧客視点のマーケットアウトという考え方、患者さん一人一人をどうするのかという医療視点、歯科医師や歯科衛生士といった専門職の力を最大限発揮できる「場」をどう整えるか。そして超高齢社会や医療費問題等に貢献し続けるための持続可能な経営的視点、そしてこれらを融合させるためにはどうすればいいのか、そのためには何が必要なのか、本当に突き詰めて議論をしました。

2007年末にコンパスデンタルクリニックを立ち上げ、現在は理事長として120名以上の歯科医師や衛生士を統括されています。振り返ってみていかがですか?

診療中の三幣氏とメディパスのコーディネーター

診療中の三幣氏と
メディパスのコーディネーター

より多くの歯科医師や歯科衛生士は在宅医療の現場で力を発揮して活躍できるためには、どうすれば良いのかを常に考えています。これまで多くの専門職との関わりのなかで感じることは、職人的思考のもと自己完結を目指す歯科医師や歯科衛生士が多く存在しているなか、上手に自己否定ができる人ほど、在宅医療の場で貢献し成果を上げる活躍をされています。

組織として世の中に貢献して成果を出すためには、専門職の上手な自己否定を促すための、緩やかな仕掛けも大切だと思っています。もちろん、今でも、自分自身もいろいろと迷うこともありますが、その時はエムアウトの理念であるマーケットアウトが自分に“気づき”を与えてくれています。後々振り返ると、迷っている時は大抵、ひとりよがりになっていてマーケットから目をそむけてしまっている場合が多いような気がしています。マーケットアウトという考えは、進むべき道を迷った時の道しるべになっていると感じています。